「ノーベル賞の分析による研究者の知的創造過程と研究振興政策の関係に関する実証研究」ストックホルム訪問調査報告

2016.3.31 [Thu]

著: GRIPS SciREX センター 原泰史

 はじめに

ノーベル賞を受賞した研究者を対象とした研究調査を, 科学技術研究費を活用し2013年から継続して実施してきました. 本訪問調査は, 日本の研究チームである NISTEPおよびGRIPS SciREXセンターおよび一橋大学イノベーション研究センターがこれまでに行った研究成果をノーベル賞の選考・授与などが行われるスウェーデン・ストックホルムのカウンターパートと共有することで、今後の研究の方向性を把握し、共同研究などの在り方について議論するために実施しました. 本訪問調査では, JSPS ストックホルム事務所およびノーベル博物館を訪問し, それぞれの担当者とディスカッションを行いました. これらを通じ、国際ワークショップの実施、共同研究に向けた検討を開始するなどの成果を得ることができました.

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ノーベル博物館に展示されている, 2015年ノーベル物理学賞受賞梶田先生がサインした椅子。博物館内にあるカフェで使われています。

 JSPSストックホルム事務所訪問

2016年3月18日、JSPSストックホルム事務所を訪問しました。ディレクターの阿久津氏、副所長の川窪氏、在スウェーデン日本国大使館佐藤一等書記官と、近年の日本出身ノーベル賞受賞者が増加していることの学術的および政策的な意義、若手研究者を育成する意義やその体制作り、ナショナルイノベーションシステムによる科学技術支援制度の違い、日本の科学技術を推進する上で、ノーベル賞の受賞が意味する基礎研究の重要性を主張することの意義などについて意見交換を行いました。

日本出身のノーベル賞の受賞者が増加していることがどのような意義や意味を持っているのか。また、国家間のイノベーションシステムの違いがどのように影響を与えているのか。これまでに Asia Pacific Innovation Conference や SciREX セミナー等で発表してきた内容を中心に議論しました。特に関心を持って頂けたのは、現在 Working Paper として編纂中であり、来年度科学技術白書でも取り上げる予定の日本出身のノーベル賞受賞者の略歴をまとめた線表でした。当該線表に記されているように、日本出身のノーベル賞受賞者は殆どの場合留学経験を有しており、また海外の研究者との交流がその後のブレークスルーを生み出す上での契機となっています。2000年以降のノーベル賞受賞者は計16名であり、極めて優れた科学者グループではあるものの、彼らを対象とした定量的な調査から同質性や一般性を導き出すことは困難です。しかしながら、日本出身のノーベル賞受賞者は海外の研究者に比べ、重要な研究に取り組むタイミングが遅いことが確認できています。このような事実を踏まえ、科学者としての異質性や特質するべき点はどこにあるのか、また、海外のノーベル賞受賞者との差はどのようにあるのか今後マイクロデータに照らしあわせ調査する必要があることを再確認しました。

後に訪問したノーベル博物館でも改めて知りましたが、政府的な取り組みとしてノーベル賞の受賞者を増加させようとする動きを、ノーベル賞関係の当事者は警戒しているとのことでした。これは極めて当然の議論で、ノーベル賞は決して国家同士の科学技術の優劣やロビイング活動に与えられるものではなく、社会課題として重要な課題を解決した科学的ブレークスルーを生み出した科学者に対して与えられるものであり、説明変数としての国家の役割は、ナショナルイノベーションシステムの構造に即して議論されるべきです。そのため、今後ノーベル博物館と共同研究を進める上では、「ノーベル賞の研究」ではなく、「ノーベル賞を生み出した優れた科学者の属性やその影響に係る研究」として主張すべきではないかという意見を頂戴することができました。

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JSPSストックホルム事務所阿久津ディレクター、川窪副所長、在スウェーデン日本国大使館佐藤一等書記官と

また、一連の議論の中で「政策のための科学」事業についての議論も行いました。事業開始から5年経つにもかかわらず、具体的成果や、行政側にとって分かりやすい情報などが提供されていないことをご指摘いただきました。行政にとって使いやすいエビデンスと、学術的な精緻さを追求した研究は必ずしも同値ではなく、そうしたギャップを埋める取り組みを SciREX センターが中心になって取り組んでいることをご説明しました。また、本ノーベル賞の研究は、行政的なニーズが立脚点となっていること、社会的に大きなインパクトを有するノーベル賞について調査を行うことで、基礎研究や応用研究の重要性を明らかにできること、また、副次的な価値として、研究技法として用いる計量書誌学や各種データベースの重要性などを分かりやすい手段で説明できること等をお話しました。

また今後、ポータルサイトに記載する情報の拡充を図る重要性を痛感しました。従来の「政策のための科学」は組織間の利害調整やヒエラルキー調整に忙殺されており、肝心のユーザサイドへの情報発信が不足していました。関係者にとってもわかりにくい状況は、少し外側の利害関係者にとっては複雑怪奇に写ります。これまで「政策のための科学」が生み出してきた成果、また、歴史的に残しておくべき成果や情報などについて、アーカイブとして残す作業は必要不可欠であるとの思いを新たにしました。

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プリンセスケーキ

ノーベル博物館訪問

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ノーベル博物館

 

3月20日および21日には、ノーベル博物館を訪問しました。

研究の打ち合わせを行う予定でした21日は休館日のため、現在の展示内容を確認すべく20日にも訪問しました。最も印象的だったのが、日本、中国、韓国、台湾など、東アジアの旅行者がノーベル博物館に多く訪れていたことです。特に、日本人観光客が多く訪問していました。近年の受賞ラッシュにより、ノーベル賞への関心が高まっていることを意味しているのだと思います。

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根岸教授による「ノーベルダイヤローグ」

 

ノーベル博物館内の展示で印象的であったのは、受賞者が自らの研究内容をポスター用紙に記した「ノーベルダイヤローグ」というイベントを行っていたことです。各受賞者が思い思いに、抽象的あるいは具体的に、自らの研究の価値やその意義を分かりやすい形で広く一般に伝えようとしていることがわかりました。日本出身の受賞者に比べ、受賞者全体の平均授与年齢は3-4歳程度若く、研究者としては研究活動を主導しマネジメントを担う立場にあります。こうして研究内容を広く一般に分かりやすく伝える立場を担うことは、ノーベル賞の有する社会的なインパクトを示しているのではないかと思います。

次いで21日には、ノーベル博物館主席フェローの Katarina Nordqvist さんと、ノーベル賞研究に関するミーティングを行いました。現在日本の研究チームで、(1.) ノーベル賞受賞者の属性に関わる定性分析, (2.) ノーベル賞受賞者の論文、特許およびファンディング情報を用いた定量分析および (3.) サイエンスリンケージデータや後方引用情報を用いた, 知識の生成プロセスの分析を行っていることを紹介し、関心を持っていただけました。

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ノーベル<博物館地下1Fの様子。研究者がノーベル賞に係る研究調査が行えるように、書籍が整備されている。   Katarina さんのお話によれば, ノーベル博物館は5名程度の少ないメンバーながらノーベル賞受賞者、あるいはノーベル賞の経済的、社会的インパクトに係る研究を継続しており、その中で、(1) のような、ノーベル賞受賞者の幼少期の個人的体験や属性、志向や思想に係る総体的な調査は実施してきたそうです。しかしながら、一般的な結論は導き出すことは出来なかったことでした。そのため、現在は(2)や(3) のような、特許や論文データベースを活用した分析に主眼を置いているそうです。(2) に関連して紹介頂いたのは、ノーベル賞受賞者の共著者ネットワークに関する研究でした。ノーベル賞の受賞者を対照群、ノーベル賞を受賞していないものの優れた研究を収めたスターサイエンティストの群をコントロール群として置き2群分析を行ったところ、特許や論文の公開数について、有意な差は見受けられなかったそうです。しかしながらノーベル賞受賞者の特性として、分野が少し異なる科学者や、他の組織との科学者との共著関係が多く、知識を移転する役割を比較的積極的に担っていたことが確認できたとのことでした。こうした研究の方向性は、我々の研究の方向性にとっても極めて重要な示唆を与えてくれると思います。 (3)に関連して、青色LEDに関連してノーベル物理学賞を受賞した中村、赤崎、天野氏の特許、論文情報を後方引用情報として相互に接続することで、知識や発明の流れを可視化しようとした研究を紹介したところ、深い関心を持って頂けました。こうした研究は Katarina さん自身関心を持っているものの、博物館内に十分な人員が居らず、また、日本語のデータは活用できないため共同研究が行えればとご提案頂きました。 7644_10209087354484082_3768553237639665111_n
ノーベル博物館で記した「ノーベルダイヤローグ」

ヨーロッパおよびアメリカの研究チームの関心として、(a.) ノーベル賞受賞者の特性を論文や特許データを用いたネットワーク分析により抽出しようとしていること, また, (b.)  ノーベル賞そのものに着目するのではなく、優れた科学的ブレークスルーを生み出した研究者のグループとしてのノーベル賞受賞者に着目し研究を行っていることを再確認しました。これら相互の研究状況について情報交換した上で, 今後も共同研究を推進していくことを再確認しました。具体的な研究内容および提案としては, (a.) 大村先生や山中先生など、 applied science や研究成果の市場化などに着目している研究者について、事例としての調査を行うこと,  (b.) 日本側とヨーロッパ側の研究者で、国際ワークショップを2016年度に東京で実施すること, (c.) 他国と比較して、何故日本のノーベル賞への関心が高いのか、プレスリリースデータなどを用いて解析することおよび,  (d.)調査データの共有を行うこと等の提案がありました。

(a.) に関しては、大村先生や山中先生は近年の受賞者であり、論文のみならず特許を積極的に出願し市場化への機会を設けることで、社会的なインパクトを広げようとする動きはノーベル賞受賞者の中でも特質するべき点であり、日本語の情報などを活用する形で、より詳細なケース分析を行ってほしいとするリクエストがありました。また、(c.) に関してはノーベル博物館、あるいは、ノーベル賞事務局にとっても、なぜこれほどまでにノーベル賞が深い関心を日本で生んでいるのか、興味深く観察してきたそうです。NISTEP が先日公開した「小・中・高校生の科学技術に関する情報に対する意識と情報源について-2015年の日本人研究者によるノーベル賞受賞決定直後の親子意識調査より-」についてもご紹介しました。また、Katarina さんからのリクエストとして、新聞記事データやプレスリリースデータなど、実社会により近いデータソースを活用することで、日本でどのようにノーベル賞への関心が生み出されているのか、より精緻に分析してほしいとの依頼がありました。マクロな分析としてはすでに、Google Trends データを用いた分析を実施しており、毎年ノーベル賞の授与者が発表される10月初旬および、ノーベル賞授与式が行われる12月初旬に、日本でノーベル賞への関心が極めて高まることが確認できています。しかしながら、これは国によってトレンドがあるので、その差異についても着目してほしいとのこリクエストもありました。こちらについても、適宜取り組んでいこうと考えています。(d.) に関しては、前述したようにアメリカの研究グループおよびヨーロッパの研究グループがノーベル賞の受賞者に着目した研究を行っており、研究成果の一部についてはジャーナルおよび Atlanta Conference などで公表されています。しかしながら、日本側のカウンターパートが存在せず、これまで日本出身の受賞者に関する研究を十分に進めることが出来なかったとのことです。今後の進め方については一考の余地がありますが、海外の研究チームとも協力して研究することは、極めて重要ではないかと思います.

(b.) については、Katalina さんから是非日本を訪問して、国際ワークショップを実施したいとの申し出がありました。一橋大学イノベーション研究センターが進めてきた科学者サーベイの研究調査などと組み合わせ、優れた科学者の属性を調査研究する手法の一環としてノーベル賞受賞者研究を位置づけることで、研究成果を交換する場として是非東京で開催できればと考えています。

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ノーベル博物館主席研究員 Katalina さんと

 まとめ

ノーベル賞は優れた研究成果を生み出した科学者に対する報奨制度のひとつであり、賞そのものよりも、賞を得た科学者を対象とした調査を行うことで、優れた科学的ブレークスルーを生み出した科学者の特性や、科学コミュニティ内でのスターサイエンティストの役割などを明らかにできる可能性があります。また、欧米における研究の方向性として、ノーベル賞受賞者の個人的な属性や体験・経験に着目するのではなく、彼らが生み出した科学的成果、特に論文や特許の引用情報や共著者情報に着目することで、科学の生成プロセスにおける科学者の役割や特性を明らかにしようとしています。こうした研究の方向性は科学者に着目した今日の研究と整合的であり、事実、青色LEDについて特許および論文の引用情報を用いて分析した結果には強く関心を持って頂けました。定量的な分析を積み重ねることで、優れた科学者のコホートとしてのノーベル賞受賞者に着目した研究を進めていきたいです。